フィリピン人材の自転車通勤|企業が確認すべき保険・賠償・事故時の対応

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通勤手段を、書面で把握していますか

フィリピン人材の受入れ企業では、通勤手段が自転車になることが多くあります。寮から勤務先までの距離が数キロ、公共交通機関が乏しい地域であれば、自転車以外の選択肢が実質的にありません。

ところが、受入れ企業に「従業員の通勤手段を書面で把握していますか」「自転車保険への加入を確認しましたか」と尋ねると、答えられないことが少なくありません。通勤は本人の私生活の領域だという理解が、その背景にあります。

しかし自転車通勤には、企業側が事前に手を打っておかないと、事故が起きた瞬間に動けなくなる論点がいくつもあります。しかも2026年4月から自転車の交通違反に反則金制度が導入され、状況は以前より複雑になりました。

この記事では、保険と賠償を中心に、受入れ企業が確認しておきたい点を整理します。

結論|確認すべきことは3つ

  1. 自転車通勤を許可制にし、書面に残す
  2. 保険の加入を、本人の申告ではなく証券で確認する
  3. 事故が起きたときの連絡先と手順を、事前に本人へ伝えておく

この3つが揃っていないと、事故発生時に「誰が何をするのか」が決まらないまま時間が過ぎます。とくに日本語での対応が難しい本人にとって、その空白時間は決定的です。

1. 会社の責任は、どこまで及ぶのか

まず、よくある誤解を解いておきます。

純粋な通勤中の自転車事故について、会社の使用者責任(民法715条)は原則として否定されます。使用者責任が成立するには「事業の執行について」損害が生じたことが必要ですが、通勤は会社の指揮命令下にある業務そのものではないためです。裁判例でも、自転車通勤中の事故について会社の責任を否定したものがあります。

つまり、「従業員が通勤中に人をはねたら、必ず会社が賠償する」というのは正確ではありません。

ただし、例外があります

原則が否定されるからといって、企業が無関係でいられるわけではありません。次のような事情があると、評価が変わり得ます。

  • 通勤用の自転車を、業務にも使わせている場合
    近隣への配達、郵便物の投函、他事業所への書類の持参など。これらは業務執行性が認められやすく、使用者責任が問われる可能性が高まります。
  • 会社が自転車通勤を奨励・助長している場合
    会社が自転車を貸与している、購入費を補助している、といった事情が該当し得ます。
  • 公共交通機関がなく、自転車通勤が事実上必須になっている場合

「決めていない」状態が、いちばん弱い

会社の責任が否定された裁判例は、自転車通勤を許可しておらず、知りながら見過ごしてもいなかったケースでした。会社が関与していなかったことがはっきりしていたため、責任も及ばなかったわけです。

問題は、その逆の状態です。従業員が自転車で通勤していると知りながら、何も決めず、何も言っていない。これがいわゆる黙認です。この状態だと、後から「会社は認めていませんでした」と説明しても、通りにくくなります。知っていて放置していたのなら、認めていたのと変わらないのではないか、と見られるためです。

企業が取れる立場は、次の3つです。

  • 許可する — 申請制にして書面を残す。保険加入の確認もセットにする
  • 禁止する — 認めない旨をはっきり伝え、周知する
  • 何も決めない — もっとも説明しにくい状態

許可でも禁止でも構いません。どちらかに決めて、記録に残しておくこと。これが企業自身の立場を明確にします。

法的責任とは別に、対応の負担は発生します

もうひとつ、実務的な現実があります。

本人に賠償能力がなければ、被害者側は会社に請求してくることがあります。法的に使用者責任が認められるかどうかは、最終的には裁判所の判断です。しかしその結論が出るまでの間、対応の窓口になるのは企業です。

本人が日本語で交渉できない以上、通訳や連絡調整を企業が担うことになります。保険に入っていない従業員が加害者になることは、企業にとって実務上のリスクそのものです。

2. 自転車保険をどう確認するか

条例による義務化が広がっています

自転車損害賠償責任保険等への加入は、各都道府県・政令市の条例で義務または努力義務とされています。2025年10月時点で、義務化しているのが34都府県、努力義務としているのが10道県とされています。ほとんどの地域が何らかの形で加入を求めている状況です。

【要確認】条例は改正が続いています。勤務地・居住地の自治体の最新状況をご確認ください。

ただし、罰則規定は設けられていません。加入していなくても処罰はされません。

ここが誤解を生みやすいところです。罰則がないことと、賠償責任が発生しないことは別の話です。自転車事故では過去に9,000万円を超える賠償命令が出た例があり、無保険であれば、その全額が本人の負担になります。

「入っています」という申告は、確認にならない

実務で確認したいのは、次の点です。

  • 保険証券または加入証明の現物
    本人が「入っている」と言っている内容が、自転車事故の対人賠償をカバーしているとは限りません。
  • 補償額
    個人賠償責任保険で1億円以上が目安とされています。【要確認:商品により条件が異なります】
  • 既存の保険に付帯していないか
    火災保険や共済の特約、クレジットカードの付帯サービス、自転車購入時のTSマーク付帯保険など、本人が加入している自覚のないまま補償されている場合があります。逆に、重複して加入していることもあります。
  • 有効期限
    更新されずに切れている例があります。

保険料を会社が負担するのか本人負担かは、企業ごとの判断です。負担する場合は、就業規則や通勤規程との整合を確認してください。

3. 2026年4月から、自転車にも反則金制度が始まりました

2026年4月1日から、自転車の交通違反に対して交通反則通告制度(いわゆる青切符)が導入されています。改正道路交通法は2024年5月に成立し、施行が2026年4月からとなりました。

要点は次のとおりです。

  • 対象は16歳以上の自転車利用者
  • 対象となる違反行為は約113種類
  • 反則金を納付すれば刑事手続きに移行せず、前科はつかない
  • 自動車運転免許の違反点数はつかない(ゴールド免許にも影響しません)

反則金の目安は、信号無視が約6,000円、一時不停止が約5,000円、スマートフォンを使用しながらの運転が約12,000円とされています。【要確認:金額は違反行為ごとに定められています】

なぜこれが企業の問題になるのか

反則金は本人が負担するものであり、直接的に会社が支払うものではありません。それでも企業側で押さえておく理由が2つあります。

ひとつは、金額が本人の生活に与える影響です。母国への送金を前提に生活設計をしている人にとって、1万2,000円の予定外の出費は小さくありません。

もうひとつは、「知らなかった」で違反になる構造です。日本の自転車ルールを体系的に学ぶ機会は、来日後にほとんどありません。とくに次の項目は、日本での運用を知らなければ違反と認識されにくいものです。

  • 車道の左側通行(右側を走ると逆走になります)
  • 二人乗り、並進
  • 傘を差しての運転
  • スマートフォンを操作しながらの運転
  • 夜間の無灯火
  • 信号のある交差点での二段階右折

制度が始まったのは今年4月です。すでに日本にいる従業員も含めて、周知が行われていない企業が多いと考えられます。

4. フィリピン人材の受入れで、確認が難しくなる点

一般的な自転車通勤の論点に加えて、外国人材の受入れでは次のような状況が生じます。

自転車の名義と防犯登録がずれる

退職した先輩が残していった自転車を引き継ぐ、寮内で譲り合う、中古で購入する。こうした経緯で、実際の使用者と防犯登録の名義が一致していないことがあります。

名義がずれていると、盗難時の対応が難しくなるほか、職務質問の場面で説明に時間がかかります。防犯登録の変更手続きは、譲渡のたびに必要です。

保険の説明が日本語で行われている

加入手続きが日本語で完結しているために、本人が「何に入っているか」を理解していないことがあります。「入っている」という申告があっても、実際には自転車事故の対人賠償が対象外だった、という事態が起こり得ます。

そもそも、自転車に保険をかけるという発想自体が母国にない場合もあります。制度の説明から始める必要があると考えたほうが確実です。

5. 事故が起きたときの動き方

本人が加害者になった場合

  1. その場を離れない(負傷者の救護と警察への報告は、道路交通法上の義務です)
  2. 警察に届け出る(届出がないと、後の保険手続きが進みません)
  3. 相手の氏名・連絡先を確認する
  4. 会社へ連絡する

日本語での対応が難しい前提で、「まず会社の誰に電話するか」を事前に決めて、本人が持ち歩ける形で渡しておくことが実務的です。

本人が怪我をした場合

通勤中の事故は、通勤災害として労災保険の対象になり得ます。労働者災害補償保険法第7条は、通勤を「住居と就業の場所との間の往復を、合理的な経路及び方法により行うこと」と定義しており、自転車は合理的な方法に含まれます。

注意点は、逸脱・中断です。通勤経路を外れたり、通勤と関係のない行為をしたりすると、それ以降は通勤とみなされません(同条第3項)。ただし日常生活上必要な行為を最小限度で行った場合は、合理的な経路に戻った後は再び通勤として扱われます。日用品の買い物のための立ち寄りはこれに該当し得ますが、飲酒を伴う立ち寄りは該当しません。

もうひとつ重要な点として、通勤災害では健康保険を使えません。労災であることを隠して健康保険証を使って受診すると、後から精算が必要になります。「会社に知られたくない」という理由で本人が自己判断してしまう場面があるため、事前に伝えておくべき事項です。

よくある間違い

1. 「通勤方法は本人の自由だから、会社は関知しない」

把握していない状態は、事故後に企業の立場を説明することを難しくします。許可制にして書面を残すことは、企業自身を守る手続きです。

2. 「罰則がないから、保険の確認は不要」

罰則の有無と、賠償責任の発生は別の話です。無保険で高額賠償が発生した場合、実質的な対応負担は企業にも及びます。

3. 「本人が入っていると言ったので確認済み」

証券を見るまでは確認になりません。補償内容と有効期限まで見てください。

4. 通勤経路の申請だけ取り、通勤手段を確認していない

通勤手当の計算のために経路は把握していても、手段が自転車であることを把握していない企業があります。

5. 通勤用の自転車を、業務にも使わせている

郵便物の投函や近隣への使いを頼んだ時点で、責任の構造が変わります。業務には使わせないという線引きを明確にしてください。

まとめ

自転車通勤は、受入れ企業にとって「本人の私生活」ではなく管理すべき業務上の論点です。

  • 使用者責任は原則否定だが、業務利用や奨励があると評価が変わる
  • 把握も許可もしていない「黙認」の状態が、最も説明しにくい
  • 保険の確認は、証券・補償額・有効期限まで
  • 2026年4月から反則金制度が始まっており、周知が追いついていない
  • 事故時の連絡先と手順は、事前に本人へ渡しておく

いずれも、事故が起きてからでは間に合わない性質のものです。受入れ時の生活オリエンテーションに組み込むのが、最も確実だと考えられます。

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