フィリピン人材の強制保険とは|誰が払い、何が補償されるのか

OEC・出国許可

送出機関から届いた見積書に、見慣れない保険の項目がある。あるいは本人から「保険料を払った」と言われた。これは何の保険で、誰が払うべきものなのか。

フィリピン人材の受入れでは、名前の似た負担が複数登場します。強制保険、OWWA、PhilHealth、SSS。どれも「フィリピン側の保険料」に見えますが、制度も、金額も、払う人も違います。 とくに強制保険については、労働者に負担させることが法律で禁じられており、違反には刑事罰が定められています。知らずに「本人が払うもの」として処理すると、送出機関を巻き込む問題になりかねません。 この記事は、受入れ企業の人事・総務担当者と、監理団体・登録支援機関の新任の職員に向けて、4つの制度を切り分け、企業として何を確認すべきかを整理したものです。

先に、結論だけ

① 強制保険(Compulsory Insurance)の保険料は、送出機関が負担します。労働者に直接・間接を問わず負担させることは認められていません。 ② 違反には重い罰則があります。送出機関はライセンスを失い、役員は永久に資格を剥奪されます。 ③ OWWAは別制度です。US$25で2年間。強制保険とは目的も金額も違います。 ④ PhilHealth・SSS・Pag-IBIGは、さらに別の話です。本人がフィリピン政府に納める社会保険で、日本の企業は関与しません。 ⑤ 日本の労災保険とは別立てです。どちらかを選ぶものではありません。

1. 4つの制度を切り分ける

まず全体像です。ここが混ざったまま話が進むと、費用の議論がかみ合いません。 名前は似ているが、まったく別の制度です ① 強制保険 Compulsory Insurance(RA 10022 第37条のA) 目的:死亡・後遺障害・帰国費用などの補償 負担者:送出機関 労働者に負担させることは禁止 ② OWWAメンバーシップ 海外労働者福祉庁の会員制度 目的:福祉・教育支援・帰国支援・法的支援 US$25/2年間。OEC処理時に納付 ③ PhilHealth フィリピンの公的医療保険 目的:本国での医療費、家族の受診 本人が納付。取扱いは流動的【要確認】 ④ SSS・Pag-IBIG 社会保障制度・住宅積立 目的:本人の年金・住宅資金 本人が納付。日本の企業は関与しない 企業が確認すべきなのは、主に①です

2. 強制保険とは何か

根拠は、共和国法8042号(1995年移住労働者・在外フィリピン人法)を共和国法10022号で改正した第37条のAです。フィリピン保険庁(Insurance Commission)、労働雇用省、当時のPOEA、NLRCが共同でガイドラインを定めています。 送出機関が派遣する移住労働者は、それぞれ強制保険の契約で保護されなければならず、この保険は労働者に費用負担をさせずに手当てされなければならないとされています。 保険期間は雇用契約の期間です。そして、この保険の加入証明(Proof of Cover)を提出することが、OEC(海外雇用許可証)発給の要件になっています。

何が補償されるのか

ガイドラインは、最低限の補償内容を具体的に定めています。 事故による死亡 US$15,000 遺族に支払われる 病気による死亡 US$10,000 遺族に支払われる 後遺障害 US$7,500 本人に支払われる 家族の見舞い渡航費 7日以上連続して入院した場合、家族等1名の渡航費 日本の受入れ現場で、最も使う場面がある補償です 帰国費用 正当な理由なく雇用が終了した場合等。遺体の送還も含む 医療搬送・医療帰国 適切な医療機関が近くにない場合の搬送、医師管理下での帰国 生活費補助 就労先の国で係争中の場合、月US$100を最大6か月 金銭請求(Money Claims) 契約1年につき月給3か月分。月額はUS$1,000か契約給与の低い方 事故死・病死・後遺障害については、過失の証明を要しません。死亡証明書、事故報告書、診断書といった書類がそろえば、それで足りるとされています。保険会社は、請求の届出と必要書類の提出から10日以内に支払うこととされています。

実務で最も使うのは「見舞い渡航」です

日本の受入れ現場を想定すると、死亡や重度障害よりも先に、入院の場面が来ます。 7日以上連続して入院した場合、家族1名または本人が希望する人物1名の渡航費が補償されます。入院場所に最も近い主要空港までの交通費を保険会社が負担します。ただし査証や渡航書類の要件を満たすのは、来日する家族側の責任です。 日本語が通じない本人が長期入院しているとき、家族が来られるかどうかは大きな違いです。この補償の存在を知らずに、企業が渡航費を立て替えている例があると考えられます。

3. 保険料を労働者に負担させてはいけない

ここが、この記事で最も重要な部分です。
保険料は、労働者を派遣する送出機関が支払うものであり、送出機関または外国の雇用主が、直接的にも間接的にも労働者に請求してはならないとされています。
ガイドラインは、支払い方法についても「労働者に費用負担をさせず、現金一括で保険会社に全額支払う」ことを求めています。そして保険会社の側にも、送出機関経由の労働者から保険料を受け取ってはならないという義務が課されています。

違反した場合の罰則

実効性を担保する仕組みが、かなり厳しく設計されています。 送出機関が派遣した労働者が保険料を負担していたことが実質的な証拠によって示された場合、あるいは保険を根拠に追加の費用を労働者から徴収していた場合、その送出機関はライセンスを失い、すべての取締役・パートナー・所有者・役員・従業員が、海外労働者の募集事業に永久に従事できなくなります。 この処分は、他の法令上の責任を妨げるものではないとされています。

ただし、実務では受入れ企業側のコストとして整理されます

ガイドラインが禁じているのは、労働者に負担させることです。送出機関と受入れ企業の間でどう精算するかまでは規定していません。 そのため実務上は、送出機関が立て替えた保険料が、受入れ企業への請求に含まれてくるという形が一般的です。項目名が保険料として明示されている場合もあれば、手数料や実費の中に含まれている場合もあります。 ここで費用精算の整理が問題になることがあります。何がどこまで含まれているのかが見積書から読み取れず、後から追加の請求が出てくる。あるいは、同じ費用を二重に見込んでしまう。
「労働者が払ってはいけない」ことと、「誰かが払っている」ことは別の話です。最終的に受入れ企業側のコストとして整理されやすい制度だと理解しておくほうが、見積書の読み違いを防げます。
そのうえで、確認しておきたいのは次の点です。
  • 見積書のどの項目に、強制保険の保険料が含まれているのか
  • 雇用契約の期間が変われば、保険期間も変わるのか
  • 本人が自らの意思で契約を途中で打ち切った場合、未経過分の返還はどう扱われるのか
3つ目については、ガイドラインに未経過期間に対応する保険料は送出機関に返還されるという規定があります。返還先は送出機関であって、受入れ企業ではありません。立て替えの形で受入れ企業が負担していた場合、その精算をどうするかは当事者間の取り決めによります。

企業として、どう確認するか

日本の受入れ企業が直接支払う費用ではありません。それでも確認しておく理由があります。 本人が「保険料を払った」と言っている場合、送出機関側で問題が起きている可能性があります。その送出機関との提携は、将来の受入れに直結します。 見積書に保険料の項目がある場合、それが誰の負担として計上されているのかを確認してください。

出国前に説明する義務があります

もうひとつ、知っておくと役立つ規定があります。 送出機関には、保険会社と協力して、出国前に本人と少なくとも1名の受益者に対し、保険の内容と請求手続を十分に説明する義務があります。また請求の際には、本人や受益者を支援し、必要な情報・書類を提供する義務も定められています。 本人が保険の内容を知らないまま来日しているなら、この説明が行われていない可能性があります。受入れ後の面談で確認しておくと、いざというときに動けます。

4. 加入形態によって扱いが変わります

すべてのフィリピン人材が強制加入というわけではありません。
区分 強制保険 保険料の負担
送出機関経由(Agency-hired) 強制 送出機関(労働者負担は禁止)
一時帰国後の再出国(Rehire/Balik-Manggagawa) 任意 外国の雇用主に依頼するか、本人が負担
直接雇用(Direct hire)・指名採用(Name hire) 任意 同上
つまり、初回の入国時と、一時帰国後の再出国時とで、扱いが違います。任意加入の場合も、本人はガイドラインに適合した保険会社の中から自由に選ぶ権利があるとされています。 なお、本人が自らの意思で契約を途中で打ち切って帰国した場合、未経過期間に対応する保険料は送出機関に返還されるという規定もあります。

5. 日本の労災保険との関係

よく聞かれる点ですが、どちらかを選ぶものではありません。 労災保険は、事業に使用され賃金を支払われる労働者に適用されます。国籍や在留資格は関係ありません。フィリピン人材も、日本人労働者と同じく対象です。 フィリピンの強制保険は、これとは別に、フィリピン政府が自国民の海外就労にあたって課している保護の仕組みです。目的も、支払う主体も、請求先も違います。 したがって、労働災害が発生した場合、日本の労災保険の手続きは通常どおり行います。そのうえで、フィリピン側の強制保険にも請求できる補償があるかどうかは別に検討する、という整理になります。

6. OWWAとの違い

現場で最も混同されるのが、この2つです。 OWWA(海外労働者福祉庁)のメンバーシップは、保険ではなく福祉制度の会員資格です。拠出額はUS$25で、契約期間にかかわらず2年間有効とされています。 強制保険が死亡・障害・帰国といった事故に対する補償であるのに対し、OWWAは教育奨学金、帰国者向けの生業支援、法的支援、福祉サービスといった幅広い支援を対象とします。 「保険料」という一語で括られると区別がつきません。費用の話をするときは、どちらのことなのかを明示してください。

よくある間違い

  1. 本人が保険料を払うものだと考える。送出機関経由の場合、労働者に直接・間接を問わず負担させることは認められていません。
  2. 「送出機関が払う」と聞いて、自社の負担はないと考える。労働者に負担させてはならないという規制であって、送出機関と受入れ企業の間の精算までは規定していません。実務では受入れ企業側のコストとして整理されやすい制度です。
  3. 強制保険とOWWAを同じものだと考える。目的も金額も負担者も違います。OWWAはUS$25で2年間の福祉制度の会員資格です。
  4. 日本の労災保険があるから不要だと考える。別立ての制度です。どちらかを選ぶものではありません。
  5. 一時帰国後の再出国でも自動的に加入されていると考える。Balik-Manggagawaは任意加入です。初回とは扱いが違います。
  6. 長期入院時に、家族の渡航費を企業が立て替えている。7日以上の連続入院なら、家族1名の渡航費が補償の対象です。
  7. 本人が保険の内容を知らないまま放置している。送出機関には出国前の説明義務があります。知らされていないなら、確認する価値があります。
  8. PhilHealthやSSSを企業が負担すべきだと考える。本人がフィリピン政府に納める社会保険で、日本の企業は関与しません。

まとめ

確認すること

  • 強制保険の保険料は送出機関の負担。労働者負担は禁止され、罰則がある
  • 実務では受入れ企業側のコストになることも。見積書のどこに含まれるか確認を
  • 補償は事故死US$15,000/病死US$10,000/後遺障害US$7,500など
  • 7日以上の入院で、家族1名の渡航費が補償される
  • 有効期間は雇用契約の期間。OEC発給の前提になる
  • Balik-Manggagawaは任意加入。初回と扱いが違う
  • OWWAは別制度。US$25で2年間の福祉制度
  • 日本の労災保険とは別立て。選択の関係にはない
フィリピン側の負担は、日本の企業から見えにくい部分です。しかし「誰が払うことになっているのか」を知っているかどうかで、送出機関との対話の質が変わります。 そして、いざ事故や入院が起きたとき、使える補償があることを知らずに終わってしまうのが最も惜しい結果です。受入れの初期に、本人と一緒に加入証明を確認しておくことをおすすめします。

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本記事は情報提供を目的としたものです。フィリピンの制度は改正されることがあり、とくにPhilHealthの海外労働者に係る取扱いは流動的です。具体的な手続きにあたっては、フィリピン移住労働者省(DMW)、海外労働者福祉庁(OWWA)、フィリピン保険庁(Insurance Commission)の最新情報をご確認ください。

主な参照先:フィリピン保険庁「Insurance Guidelines on Rule XVI of the Omnibus Rules and Regulations Implementing Republic Act 8042, as amended by Republic Act 10022」(2010年9月8日、PDF)/共和国法10022号 第37条のA/DMW(旧POEA)公表資料