フィリピン人従業員を昇給させた、別の工程へ配置転換した、勤務する事業所が変わった——雇用条件が変わったとき、日本側は労働条件通知書を出し直し、必要な届出をすれば、ひとまず区切りがつきます。
ですが、MWO(駐日フィリピン移住労働者事務所)・DMW(移住労働者省)で認証された雇用契約は、認証した当時の条件のままです。「昇給しただけなら何もしなくていいのか」「勤務地が変わったらフィリピン側にも出すのか」——受入れ企業の人事・総務のご担当者や、登録支援機関の実務担当者から、こうした問い合わせが繰り返し寄せられます。
この記事では、雇用条件が変わったときの扱いを、日本側とフィリピン側に分け、「どこまでなら放置してよく、どこからが作り直しか」という線引きの視点で整理します。会社の名称や代表者が変わった場合の扱いは、会社の情報が変わったときのMWO手続きで別途整理しています。
結論:日本側の「届出不要」を、フィリピン側にそのまま当てはめない
- 認証済みの雇用契約は「認証した時点の条件」で固定されます。その後に条件が変わっても、フィリピン側の書類は自動では更新されません。
- 日本側:変更内容に応じた届出を行います。2025年4月の改正で線引きが整理され、たとえば「昇給のみ」は届出不要とされています。
- フィリピン側:次の申請(追加求人・更新)の際、賃金・勤務地・職種・勤務条件が認証時と異なっていれば、雇用契約書(Master Employment Contract)・条件書(Written Employment Conditions)を作り直して提出する必要があります。
- したがって、日本側で「届出不要」だからフィリピン側も何もしなくてよい、とはなりません。ここが最も誤解されるポイントです。
日本側の「届出不要」は、フィリピン側の「作り直し不要」を意味しません。
手順1:変更内容を、認証済み契約の記載項目に照らして仕分ける
フィリピン様式の雇用条件書(ANNEX-B)には、次のような条件が具体的に記載されています。まず、自社の変更がこのどれに当たるかを仕分けます。
- 賃金:基本給、各種手当、割増率、賃金控除、昇給の有無など
- 勤務地:実際の就労場所(住所)。直接雇用か派遣かの別も含む
- 従事する作業内容:分野・作業の種類
- 勤務時間・休日:始業終業時刻、所定労働時間、変形労働時間制の有無、年間休日数
つまり、認証済み契約に書かれている項目が変わったなら、フィリピン側の書類とのズレが生じているということです。逆に、契約書に記載のない社内的な運用変更であれば、影響は限定的です。この仕分けが出発点になります。
手順2:日本側の扱い
日本側では、変更内容に応じて労働条件の明示をやり直し、必要な届出を行います。2025年4月に特定技能の届出制度が整理されており、「昇給のみ」は届出不要とされるなど、線引きが見直されています。一方で、契約内容の重要な変更については届出が必要となる場合があります。
どの変更にどの様式が必要かは運用が動く領域のため、最新の運用要領・出入国在留管理庁ホームページで確認してください。要確認
注意したいのは、この「日本側の届出は不要」という判断が、フィリピン側でも同じだと思い込みやすいことです。実際には、次に説明するとおり扱いが異なります。
手順3:フィリピン側の扱い——作り直しが必要になる線引き
フィリピン側には、条件変更のたびに随時届け出る仕組みは実務上限定的です。代わりに、次に申請する場面で、現在の条件に合わせた書類を作り直して提出します。
追加求人(Additional Job Order)の必要書類では、勤務地・職種・給与条件・勤務条件が認証時と異なる場合に、雇用契約書(Master Employment Contract)・条件書(Written Employment Conditions)の作成が必要とされています。あわせて、過去に認証を受けた求人票・雇用契約書・給与内訳(Salary Breakdown)のコピー(MWOとDMWの押印があるもの)も提出書類に含まれるため、旧条件と新条件が同じ書類群の中で並ぶことになります。
そのため実務では、次の点が重要になります。
- 新旧の条件差を、書類間で説明できる状態にする。賃金内訳(Salary Breakdown)・雇用条件書・求人票の金額や条件が食い違うと、同じ案件として読めなくなり、補正の対象になりやすくなります。
- 新しい職種で受け入れる場合は、業務内容の説明資料(仕事・責任・職業の説明書)が別途必要になることがあります。
- 福利厚生が以前より下がって見える場合は、その説明が求められることがあります。過去の認証済み契約との連続性が見えないと、雇用条件の同一性そのものが論点になります。
- 送出機関(PRA)と共有する。認証書類はPRAが保管しているのが一般的なので、現況の条件を早めに伝え、必要な書類をそろえます。
手順4:同じ変更でも、日比で扱いが違う
代表的な変更について、両国の扱いを並べます。
| 変更内容 | 日本側の扱い | フィリピン側の扱い(次の申請時) |
|---|---|---|
| 昇給(賃金の増額) | 「昇給のみ」は届出不要とされる【要確認】 | 認証時と給与条件が異なるため、雇用契約書・条件書の作り直しが必要になる |
| 勤務地(就労場所)の変更 | 変更内容に応じた届出【要確認】 | 認証済み契約の記載と異なるため、書類の作り直しが必要。管轄MWOが変わる可能性もある |
| 職種・業務内容の変更 | 分野・業務区分に関わるため要確認【要確認】 | 新たな職種の場合、業務内容の説明資料が別途必要になることがある |
| 労働時間・休日の変更 | 労働条件明示のやり直し | 変形労働時間制や年間休日は補足資料(年間休日カレンダー等)が求められることがある |
この表で伝えたいのは、日本側の欄が「不要」でも、フィリピン側の欄は「必要」になり得るという一点です。
なぜ「最低賃金の改定」が最大の落とし穴なのか
ここが、実務でもっとも見落とされる構造です。
最低賃金は毎年のように改定されます。つまり、企業が積極的に何かを変えなくても、法定最低賃金に合わせて賃金を上げれば、認証時の給与条件と実際の賃金は自動的にズレていきます。日本側では「昇給のみ」として届出不要と整理される変更であっても、フィリピン側では給与条件の相違として扱われ、次の追加求人の際に契約書・条件書の作り直しが必要になります。
新規申請から時間が経っているほど、このズレは大きくなります。実際、条件が変わっているのに必要書類がそろっていないケースは、追加求人で差し戻しになりやすい典型例のひとつです。差し戻しの全体像はMWO申請で差し戻しになる理由で整理しています。
よくある間違い
- 日本側で届出不要だったから、フィリピン側も不要と判断する。最も多い誤解です。
- 最低賃金の改定による賃上げを「変更」と認識していない。何もしていないつもりでも条件は動いています。
- 賃金内訳・雇用条件書・求人票の金額をそろえずに提出し、書類間で食い違う。
- 勤務地の変更を軽く見る。認証済み契約には実際の就労場所が記載されており、管轄MWOにも関わります。
- 条件変更を口頭・社内書面だけで済ませ、次の申請の直前まで整理を先送りにする。
まとめ
雇用条件の変更は、「日本側=届出の要否」「フィリピン側=次の申請での作り直しの要否」を別々に判断するのが基本です。
認証済み契約は”あの時点”で固定されている——この前提に立てば、昇給や配置転換のたびに、次の申請で何を作り直す必要が出るかを先読みできます。とくに最低賃金の改定は毎年訪れるため、新規申請時の条件と現在の条件を並べて確認する習慣が、差し戻しを防ぐ実務の順序になります。
制度の全体像はMWO(駐日フィリピン移住労働者事務所)とはを、雇用契約書そのものの作り方は雇用契約書(ANNEX-B)の書き方をあわせてご覧ください。
本記事は情報提供を目的とした一般的な整理であり、個別の手続きの可否や必要書類・様式を保証するものではありません。制度・運用は変更されることがあります。実際の手続きにあたっては、出入国在留管理庁、移住労働者省(DMW)、各MWO(駐日フィリピン移住労働者事務所)など、各機関の最新情報を必ずご確認ください。

