フィリピン人従業員に「辞めたい」と言われたら|引き留める前に確認する3つのこと

定着支援

「話があります」と切り出され、退職の意向を伝えられる。フィリピン人材を受け入れている現場では、避けて通れない場面です。

このとき、多くの担当者が最初に取る行動は引き留めです。人手が足りない、採用にかけた時間と費用がある、また一から人材育成をし始めることになる——理由は十分にあります。

しかしこの時点で引き留めに動くのは、順序として早すぎます。理由によっては引き留めが有害になり、状況をかえって悪化させることがあるからです。

この記事は、受入れ企業の人事・総務担当者と、登録支援機関・監理団体の支援担当者に向けて、退職の申し出を受けた直後にすべきことを整理するものです。

結論:引き留める前に、段階・理由・手続きの3つを確認する

先に押さえておきたい前提があります。「辞めたい」という言葉は、多くの場合、結論ではなく途中経過です。

そして、この相談を受けた時点で、会社は当事者ではなく、情報の受け手にすぎません。本人はすでに家族と話し、同郷のコミュニティに相談し、場合によっては次の勤務先とも接触しています。会社が知っているのは、全体のごく一部です。

だからこそ、判断の前に確認が必要になります。確認すべきは3点です。

① 段階
不満の表明か
決定の通知か
対応が正反対になる

② 理由
改善できるもの
企業努力の外にあるもの
賃金水準の問題は引き留めで解決しない

③ 手続き
日本側の在留資格
フィリピン側の手続き
現在の勤務先しか把握していない

この3点によって、取るべき行動は正反対にもなります。

引き留めるかどうかは、確認したあとに決めることです。順序を逆にすると、打つ手を誤ります。

確認1:本人はどの段階にいるか

まず見極めるべきは、不満の表明なのか、決定の通知なのかです。

不満の表明である場合、退職はまだ選択肢の一つにすぎません。何かを変えてほしいという意思表示が、退職という形を借りて出てきている状態です。この段階であれば、話し合いによって状況が変わる可能性があります。

すでに転職先が決まっている場合、話はまったく別です。この段階での引き留めは、ほとんど効果がありません。それどころか、引き留めが強引になるほど、本人は会社に相談しなくなります。

ここで整理しておきたい点があります。特定技能などで転職する場合、在留資格変更許可申請を準備するのは転職先の会社であり、現在の勤務先ではありません。現在の勤務先が行うのは、退職に伴う入管への届出や社会保険の手続きです。

それでも、現在の勤務先の対応が結果を左右します。退職に伴う届出が遅れれば、その後の手続き全体が滞ります。そしてフィリピン側で何が必要になるかを把握しているのは、多くの場合、現在の勤務先だけです。転職先が特定技能の受入れに不慣れであれば、フィリピン側の手続きの存在自体を知らないこともあります。

会社が引き留めに固執し、必要な届出を遅らせたり情報提供を拒んだりすれば、本人は「相談しても止められるだけだ」と判断し、連絡を絶ちます。無断退職や失踪は、多くの場合こうして起きます。

すでに決まっているものは、円満に送り出すほうが、双方にとって被害が小さくなります。

確認2:理由は改善できるものか

理由には、企業が対応できるものと、できないものがあります。

対応できる可能性があるものは、業務内容や配置、残業の多い部署への異動、人間関係、寮の環境、シフトの組み方などです。これらは会社の裁量の範囲にあり、実際に改善すれば状況が変わることがあります。

対応が難しいものもあります。たとえば、家族の状況が変わって仕送りを増やす必要が生じた、というケースです。この場合、本人が求めているのは職場環境の改善ではなく収入の増加であり、より賃金の高い勤務先への移動が合理的な選択になります。会社が賃金を上げられないのであれば、引き留めても解決しません。

背景に金銭的な事情がある場合の構造については、金銭トラブルをどう防ぐかで整理しています。

そして、理由が語られないこともあります。本人が本当の理由を言わないのは、多くの場合、言っても仕方がないと考えているか、言うことで不利益を受けると考えているためです。理由を問い詰めることに時間を使うより、次の確認に進むほうが実務的です。

確認3:フィリピン側の手続きがどう関わるか

ここは、現在の勤務先にしか説明できない領域です。

日本国内での転職であっても、フィリピン人材の場合はフィリピン側の制度が関係します。日本側の在留資格の手続きだけで完結しないという点が、他国籍の人材との大きな違いです。そして前述のとおり、在留資格変更の申請を担うのは転職先であり、フィリピン側の事情まで把握しているとは限りません。

雇用が終了する場面の手続きは退職・帰国するときの手続きで、一時帰国を伴う場合の出国許可の扱いは一時帰国する前にOEC対応を確認するで、それぞれ整理しています。

本人が、これらの手続きの存在を正確に把握しているとは限りません。「次の会社が決まったからすぐ移れる」と考えていて、実際には手続きに時間がかかると分かり、予定が崩れる。そこから会社への不信が生まれる、という展開は避けられます。

手続きの見通しを早い段階で共有することは、引き留めではありません。本人が現実的な計画を立てられるようにする、実務上の支援です。

やってはいけない対応

ここが本記事で最も重要な部分です。以下は、いかなる理由があっても行ってはいけません。

在留カードや旅券を会社が預かる、返さない

本人の身分を証明する重要な書類であり、会社が保管を強要することは認められません。退職を思いとどまらせる目的であればなおさらです。

必要な手続きへの協力を拒む

退職や転職に伴って会社が行うべき届出や証明を、意図的に遅らせたり拒否したりすることは、本人の権利を妨げる行為になります。

費用の返還を求めて引き留める

採用や渡航にかかった費用を理由に、退職時の支払いを求めることは、制度上認められていません。この点は制度の根幹に関わる部分です。

感情に訴えて意思決定を曲げようとする

「せっかく育てたのに」「裏切るのか」といった言い方は、本人を追い詰めるだけです。相談の窓口が閉じ、以後の情報が入らなくなります。

同僚や同郷の人を通じて説得を試みる

本人と会社の問題に第三者を巻き込むと、寮や職場の人間関係に波及します。

引き留める場合の実務

確認の結果、改善によって状況が変わる見込みがあるのであれば、引き留めること自体は問題ありません。ただし、伝え方には条件があります。

具体的に、期限を切って示すこと。「改善する」「考えておく」では意味がありません。何を、いつまでに、どう変えるのか。示せないのであれば、約束しないほうが誠実です。

そして、合意した内容を記録に残すこと。口頭のやり取りは、時間が経つと双方の記憶がずれます。本人が理解できる形で書面に残し、確認を取ってください。

約束が果たされなかった場合、次に退職を申し出られたときには、話し合いの余地がなくなります。引き留めは一度きりの手段だと考えたほうが実態に合っています。

よくある間違い

理由を確認する前に条件を提示する

賃上げや配置転換を先に持ち出しても、理由が違えば効果がありません。

「辞めたい」を聞いた時点で終わったと判断する

段階の見極めをしないまま諦めると、避けられたはずの離職を発生させてしまいます。

手続きの説明を後回しにする

本人が現実的な計画を立てられず、結果として無断で動くことにつながります。

引き留めの成否だけで結果を評価する

円満に送り出せた退職は、失敗ではありません。無断退職や失踪に至らなかったこと自体が、支援としての成果です。

まとめ

「辞めたい」と言われたとき、企業がまず行うべきは引き留めではなく確認です。本人がどの段階にいるのか、理由は改善できるものか、フィリピン側の手続きがどう関わるのか。この3点によって、取るべき行動は変わります。

そして、すでに決まっているものを無理に止めようとすると、状況は悪化します。相談の窓口が閉じ、会社が把握できないところで事態が進みます。

離職を減らしたいのであれば、申し出を受けてからの対応より、その前の段階で手を打つほうが確実です。背景にある要因はフィリピン人材が定着しない本当の理由で整理しています。

本記事は情報提供を目的としたものであり、個別の労務判断や手続きを保証するものではありません。制度の運用は変更されることがあります。実際の対応にあたっては、自社の就業規則および各機関の最新情報を確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。

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